会社情報

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ご挨拶
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美しい清流の里、越後関川。
「岩船」と「大石」2つの水力発電所がクリーンな電力を興し、地域にお届けする。

荒川水力電気株式会社は、日本軽金属株式会社と東北電力株式会社の共同出資により設立され、飯豊・朝日連峰を水源とする荒川水系に「岩船発電所」、「大石発電所」の2発電所を有し、最大総出力22,400kWの水力発電事業を行っています。

当社は、四季折々に表情を変えるすばらしい自然と共存する越後関川の地で、この美しい里から興す地産地消のエネルギーを絶やさぬよう、水力発電のプロフェッショナルとして高い業務品質を実現することにより、環境保全や地域社会との共栄を目指してまいります。

荒川水力電気株式会社
取締役社長
内藤 英徳
会社概要
商号 荒川水力電気株式会社
事業内容 水力発電事業
設立 昭和35年4月22日
資本金 3億5千万円
従業員数 22名(2023年4月1日現在)
本社所在地 〒980-0014 仙台市青葉区本町一丁目7番1号
本社連絡先 〒980-0811 仙台市青葉区一番町三丁目7番1号 電力ビル3F
東北自然エネルギー(株) 気付
TEL.022-217-1245  FAX.022-217-1246
関川事業所 〒959-3265 新潟県岩船郡関川村大字下関605番4
TEL.0254-64-2402  FAX.0254-75-5475
会社の歩み
昭和35年、共同の水力発電会社を創始。
関川村の豊かな自然を背景に、地域とともに歩んだ半世紀。
1960年(昭和35)
荒川水系の電源開発と会社設立の経緯
荒川水系の電源開発は、昭和13年に当時の新潟電力が水利使用を出願して以来、東北電力株式会社が継承し、一貫して電源開発地点の調査を進めてきました。
一方、アルミニウムの製錬会社、日本軽金属株式会社では、戦後休止していた新潟工場の再開を進めており、アルミニウムの製錬には膨大な電力を必要とすることから、昭和31年に水利使用の出願を行っていました。
相互に開発計画を進めていることから、通産省公益事業局(当時)の仲介により、この両社の計画を調整し、国家的見地から見て最も有効な水の利用を図るため、東北電力株式会社と日本軽金属株式会社の共同出資による新会社を設立し電源を開発するとの結論に至りました。
これにより両社は「荒川水系共同開発事業に関する基本協定書」を締結、昭和35年4月22日、荒川水力電気株式会社が誕生しました。
初代会長・白洲次郎
白洲次郎は、昭和34年に東北電力会長を退き、翌35年4月、当社荒川水力会長に就任、44年5月退任後は、昭和60年まで相談役を務めました。現場が好きだった白洲会長は、愛車に乗って現地に足繁く通い、建設工事に勤しむ社員・工事関係者を激励して回り、また地域との信頼関係を築いていきました。
昭和37年に建設された岩船発電所の一角には、白洲会長が地域と工事関係者に対し、萬腔の謝辞を記した竣工記念の碑が建立されています。
建設現場を視察する白洲会長(中央)
建設現場を視察する白洲会長(中央)
1967年(昭和42)
「羽越水害」による災害と復旧
昭和42年8月28日、壊滅的な被害をもたらした「羽越水害」が起こりました。荒川流域は荒川・大石川の堤防決壊で多くの死者・行方不明者と農地への甚大な被害を出し、水系にある赤芝発電所・当社岩船発電所などの水力発電設備にも大規模な被害を与えました。この惨事を忘れることなく次世代に言い伝えるため、水害と村に伝わる大蛇伝説をテーマとした長さ世界一(82.8mギネス認定)の大蛇が練り歩く「えちごせきかわ大したもん蛇まつり」が毎年8月に行われています。
大石ダムはこの羽越水害を契機に計画され、「洪水調節と発電」を目的とした多目的ダムとして建設され(昭和53年8月)、ほぼ同時期に大石発電所が運転を開始しました(昭和53年3月)。
2002年(平成14)〜
平成14年6月、経営効率化の一環として、本社を東京都から仙台市に移転し、本社業務をアウトソーシングしました。平成22年4月22日には、創立50周年を迎え5月19日、創立50周年記念祝賀会を開催し、関川村の皆さんと地域とともに歩んだ半世紀を祝いました。
新事業所を関川村下関に建設し、平成26年12月1日より遠隔監視制御を開始しました。
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